マーケティング

ペプシ配送トラック

アメリカにおいて、1970年代にペプシコーラのマーケティングを担当し後に社長となったのがジョン・スカリーである。ジョン・スカリーはスティーブ・ジョブズに口説かれて1983年にアップルコンピュータに入社することになる。

ペプシコーラの宣伝でよく使われているのが、コカ・コーラと比較した比較広告である。その先駆けとなったのは1975年に始めたペプシチャレンジというものであり、道行く人々にペプシコーラとコカ・コーラを目隠ししてどちらがうまいかを判定させるというものであった。このペプシチャレンジでは多くの人々がペプシに軍配を上げ、それがCMとして全米に流され、ペプシの業績向上につながった[2]。このペプシチャレンジのキャンペーンは日本でも実施されたが、放送倫理などの問題があってかこちらのコーラを選びましたとペプシを選んだデータだけを強調するものになっている。

この比較広告の方法は、アメリカでは大統領選挙などでも見られるポピュラーなものだが、日本人にはなじみが薄く受け入れられなかった。ことにM.C.ハマーが出演した比較広告は、日本でも放送されたもののクレームがつき、後にコカ・コーラの商品名にモザイクを入れて放送したというエピソードもある[3]。それ以降も、モザイクなどで隠されてはいたが、「UFOがコカ・コーラとペプシコーラを1缶ずつ吸い上げた後、ペプシコーラだけを自動販売機ごと持ち去る」「自動販売機のボタンに手が届かない少年がコカ・コーラのビンを踏み台にしてペプシコーラを購入する」「コカ・コーラっぽいロゴ(モザイクなし版でコカ・コーラのロゴによく似せた別物であることが分かる)のトラックの運転手がペプシコーラを激しく求める」「ダイエットペプシのカロリーはコカ・コーラライトの11分の1であることを名指しで指摘(1 kcalと11 kcalの差であったが)」などの挑戦的なCFを放送した。またイチロー、デビッド・ベッカムなども日本版限定でCMに出演していた。

日本における販売活動では、現在に続く「おまけ」「ノベルティ」など付加価値を重視したマーケティングを行ってきた。王冠裏に「~円」という文字があるとその分の現金がもらえるというのもペプシが先駆けである。テレビCMにおいては王貞治(現・福岡ソフトバンクホークス監督)や人気アニメのルパン三世がイメージキャラクターをつとめたことがあり、そのノベルティが消費者を魅了した。特に前者においてはホームラン世界記録がかかった1977年に大規模なキャンペーンを繰り広げ、「50円で1.5倍」を売り文句にした300mlの瓶入りペプシの発売とともに人気はコカ・コーラに迫るものがあった。時期尚早のため成功はしなかったものの、他社に先駆けて日本市場にダイエットペプシを導入したのもこの頃である。しかし、その勢いも1980年代に入ると急激に衰えていく。市場シェアが年々下落していきペプシのCM自体があまり見られなくなっていった。1981年に発売したマウンテンデューは大ヒットしたものの、従来の看板商品であるペプシコーラやミリンダの低迷に歯止めがかからず、コカ・コーラとの差は広がる一方だった。

80年代の低迷期を経て、ようやく1991年頃から日本市場へのテコ入れが始まった。積極的にテレビCMを出稿し自動販売機の数を増やしていった。基本的にペプシコーラのCMはアメリカのものを輸入し、その他製品のCMは日本にて製作していた(例:セブンアップ、バーディコーヒー、マウンテンデュー、フルーピー等)。

ペプシマンなど、飲料への首掛け景品、ボトルキャップブームを創り出し、オープン懸賞も『2001年宇宙の旅』(ただし2006年現在は未催行)プレゼントやペプシマンの愛車、シボレー・コルベットのプレゼントなど、話題性の高い懸賞を次々と実施している商品である。

レモン果汁入りコーラとして、日本では2003年にペプシツイストが発売。現在では世界中で販売されている。それまでにも喫茶店やレストランでコーラを注文すると、スライスレモンがついてくることはあったが、その果汁を絞って缶入りにすればいいという発想から生まれた。

2006年春、日本人の味覚にあわせた「カロリーゼロ」「レモン風味」の味わいで、日本発コーラであるペプシネックスを発売。